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えのきづれいじろう、で9のお題をいただきました。
第二弾「の」より『呑まれて傘下』
僕は今日、仕事が早く引けたことで時間を持て余し、真っ直ぐ帰路へ着くには勿体なく、かといって店へ繰り出すには懐具合も心許ないという状況から、そうだ久しぶりに薔薇十字探偵社を覗きに行ってみよう、などと思い立ち、ほんの一刻ほど前に榎木津ビルヂング三階のカウベルを鳴らしたところだった。
自ら顔を出しておきながら、榎木津探偵が留守だと聞いて、なぜかホッとしてしまったけれど。
「中毒になる前に、止めておいた方がいいですよぉ」
狐のような釣り目を細め、口の端を釣り上げてケケケ、と探偵助手は笑った。
その悪役めいた表情と、妙に含みを持たせた言葉に僕は少々たじろいだ。
「え、な、何か入ってるんですかこれ」
先ほど和寅が出してくれた紅茶を口から離し、恐る恐るその紅い液体を見下ろす。
探偵助手は今度は空気を含んだ笑いを吹き出してくすくすと笑っている。
「失礼な、何も仕込んじゃいませんよ。益田君、誤解を受ける言い方をするんじゃないよ」
パタパタと忙しく家事に勤しんでいた和寅さんが、通りすがり様にぺしりと探偵助手―益田隆一ーの頭をたたいた。
アイタァ、と大げさな声を上げる益田は、未だ楽しげに笑っている。
「……それで、何の中毒になるっていうんです?」
「ううん、わかりませんかねぇ、まあ、もう手遅れなのかもしれないしなあ」
わざとらしく言葉を濁す益田に、凡庸で一般小市民の僕は何だか尻の座りが悪くなる。
益田が軽い声で、ねえ、なんて和寅に同意を求めると、そうだねえ、なんて軽い口調で肯定が返されて、僕の狼狽はさらに本格的なものとなってきた。
「はぐらかさないで教えて下さいよ、気になるじゃないですか」
「んー、だから、今に逃げ出せなくなっちゃいますよ、って。我らが神、榎木津礼二郎から」
「はあ?」
僕の反応が面白かったのか、益田は勿論和寅にまで笑われてしまう。
半開きだった口を閉じて二人を見ればわざとらしい咳払いをして益田が少し身を乗り出してきた。
「不本意そうですねぇ、ああ分かりますよ、自分はまだ「そっち側」じゃないと思ってるんでしょう?」
「いや、ええと…僕は別に」
図らずも考えていた事を云いあてられて二の句が告げずにいると、益田は目を細めて何もかもを見透かすような――どことなく、あの人を思い出す――表情を造る。
「誤魔化さなくったっていいんですよ、その気持ちは本当にようく分かるんですから。なぜ分かるかと言いますとね、僕も初めはそう心に固く信じてたからでして」
拳を作ってわざとらしい程にきりりと表情を引き締め、そのままの眼差しを僕に向けて益田はすぐにへなりと体から力を抜く。背もたれに身を預けて眉を下げた笑みを浮かべる姿は、尋ねてみたことはないが僕と同年程度か、ともすれば下にも見える。
「でもねえ、駄目ですな。いくら言葉で見繕って思い込んでみても、警察辞めて上京してまで無理やり居座ってみたりして、やってるこたァ押しかけ女房でしょう?まあもとよりここには本妻がいますからね、僕は妾とでもいいましょうか」
「薄っ気味悪い例えを使わないでくれないかね、本妻だろうがザーサイだろうが君に譲らせてもらうよ」
手に湯呑を持った和寅が水屋の入口に背を持たせかけていかにも厭そうに顔をしかめて横やりを入れる。
益田は何がそれほど面白いのか先ほどからずっと笑顔のまま水屋を振り返る。
「いいんですかあ?こりゃまいったなあ、身に余る光栄だ、本島さんにお譲りしましょう」
「は、ええぇ!?」
突然自分へ水が向けられて慌てて接客机に膝を強く打ちつけてしまった。
ガタリと大きく響く音とカップの中でゆらゆらと揺れる紅茶、そして膝を抱えて蹲る気の毒な僕に、そんな不運は見慣れているといわんばかりの笑い声が掛けられた。
「関口さんとまでは言いませんが、本当に本島さんは苛められっ子体質ですよねえ、この僕でさえからかいたくなってくるんですから」
「益田君、可哀想だろうに。程々にしておきたまえよ」
まだけらけらと笑っている益田は、それでも一応和寅の窘めに対してハァイ、と気の抜けた返事を返して僕へと視線を戻した。
「………それで、話は戻しますがね。本島さん、榎木津礼二郎という生き物を甘く見ちゃあいけませんぜ」
妙に真摯な表情で呟く益田に、知らず僕も姿勢を正してしまう。
「そりゃあね、あのおじさんは見た目に反して悪趣味で粗野で蛮カラで、まあ、それでもどこか洗練されてらっしゃいますが、兎角三十路を越えたいい大人の態度じゃありませんよ。事実僕も本島さんも、榎木津探偵に関わる人間は極一部を除いて大体が振り回されるように出来ているのがこの世の理ですな」
酷い云い様ではあるが、だいたいあっているので如何ともしがたい。
それでも口に出して肯定するのは憚られて黙って頷くと、益田は少し目を細める。
「それで、普通なら引き回されて虐げられて損な役回りの多い彼のお守なんて御免だと、まあ離れていくか、遠巻きに様子を見るでしょう、普通なら」
強調された単語に、益田の言わんとしている事が知れてきて同調とも否定ともとれぬ呻きのような声が漏れた。
「やだなあ関口さんじゃないんですから野暮ったい返事しないで下さいよ。まあ僕の言いたいことも分かっていただけたみたいですね。本島さん、用もないのにふらりと此処へ来てしまうようじゃ、そろそろ引き返せないところまで来ているんじゃないですか?」
その宣告が愉しくて仕方がないと表情が何より語っている。
口元を手で押さえてニヤニヤと緩む表情を隠しながら――まったく隠せていないが――益田はもう一度身を乗り出す。
「認めちゃいましょうよ、振り回されて迷惑だ困った男だと思いながら、見てたいんでしょう?」
「え、ええと、あの…僕は」
「僕は開き直っちゃいましたからね、楽しいですよ。面白いんですよね、あの人は」
……そう。
凡庸で他に埋没するような一般小市民の僕には、自称神を宣言するあの麗人の破天荒っぷりがとても刺激的なのだ。
稀有な美しさと、抜きん出た能力。そのくせどこまでも純粋で無邪気な生き方が、羨ましいような心配なような。
目が離せないなどと云うつもりはないが、折りに触れその存在を確かめたくなる。
「なんだかんだ言ってね、魅力的な人ですよ」
「………そう、ですね」
静かに肯定すれば、益田は今度こそ嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。そんな彼の表情は見たことがなかったので、何故か狼狽して目をそらしてしまったけれど。
結局空が茜色に染まり僕が薔薇十字探偵社を後にするまでの間に件の探偵は現れることはなかったけれど、僕は妙に浮かれた気持ちで自分の影法師を追い追い帰路についた。
それはきっと、ずっと混ざりたかったあの一団にようやく一歩踏み込んだような気がしたからだろう。
お題二つ目にして榎さんがお休みです←
愛され榎さんにしてみたかった。何だか益田が榎木津を好きすぎて腹立たしいww
ちょっと自重させてあげたいと思います。
おまけ:このおまけである意味お題の完成です。
「本島さん、上機嫌で帰って行きましたねえ」
夕焼けが差し込み、不在の探偵の代わりにその指定席の椅子をとろりとした赤陽が留まる。
益田は眩しげに眼を細めながらも口もとに薄く笑みを浮かべてその椅子を撫でる。物の良し悪しは分からないが、それでも上質だという事は分かる革の手触り。
「君のせいだろうに。せっかく瀬戸際で持ちこたえていたのに引き込むような真似をして」
「あらら僕だけのせいじゃないですよ、和寅さんだって助け舟出してましたよゥ、それに止めなかったじゃないですか」
接客机に残された空のカップを盆に乗せながら和寅が呆れた声を上げれば、益田は振り返り軽薄な調子で云い募る。
「悩むくらいならいっそ飛び込んじゃった方が良いんですよ、ことあの人に関しては。腹決めてからじゃあの人は違うとこ走ってんですから」
和寅が顔を上げて益田を見る。西日が逆光となって表情まではうかがい知れないが、笑っているのだと予想できる。
「信者はすごいねえ、ふつう好きなら独り占めしたい、とかじゃあないのかい」
和寅の口からするりと零れた「好き」という単語に益田は気持ち悪いなあと返してケケケと笑う。
「僕一人じゃ榎木津さんは満足しませんよ、それに信者としては語り合える同志が欲しいんです」
何度も探偵の座る椅子を撫でる。さらさらとしていてほんのり暖かい。
視線の先は窓の外、赤い落日へ向けられている。
また、榎木津は『いつもいつも、お前は光るものがそんなに好きか、このムシオロカ』というだろう。
和寅が一度だけ、本当に不憫なものを見るように目を細めて小さなため息をついた。
…あれ、なんだかシリアスっぽくなった^^
榎木津に呑まれた益田と、益田に呑まれた本島という構図で。
榎さんが魅力的すぎるのが悪いのです^^^^
最後まで読んで頂いてありがとうございました!