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 榎木津と益田の会話。
最後にちょっと益田が強気。
ヤマも意味もオチもありません^^


マケマケだっ。

そう、頓狂な声が突然室内に響いた。

「なんです突然。マケマケ?舶来の動物かなんかですか」

応接机の上にバサバサと浮気調査やら失せ物探しの書類を広げたまま顔を上げれば、窓から差し込む初夏の陽射しを背負った麗人が椅子の上踏ん反りかえって――というか、背もたれに深く背を預け足は机の上に投げ出していて、三十路も超えた大人が行儀の悪いことこの上ない――蔑むような眼差しを僕に向ける。

「馬鹿オロカ、そんな動物がいるなんて聞いたこともない!いるとしたらアイアイくらいのものだ、見たければ中野に行けばよく似た風体の鬱々とした男が文机の前で汗をタラタラ流しているゾッ!」

脚が一度高く上がったかと思えば机からおろされ、反動で起き上がった上半身の前のめる勢いに任せて手の平でばしばしと机を叩きながら喚き散らす。
はいはいと適当な相槌を打ちながら、改めて視界に入る美丈夫を観察する。

ふわりふわりと風を孕んで波打つ栗色の髪が今は陽光にさらされ角度によってはブロンドのような輝きを見せた。意志の強そうな眉は美麗ではあるが男らしい力強さも兼ね備えていて、その下の作り物めいた鳶色の大きな瞳と、長くびっしり生えた睫毛の耽美さを相乗効果で際立たせる。
搗きたての餅、あるいは茹でた卵のようなきめの細かい白い肌に涼やかに通った鼻梁はどこまでも凛々しい。均整の取れた唇もやはり美しく、黙ってさえいれば国宝文化財に指定できそうな程に全てが神がかって整いすぎているこの男性は、しかし性格だけは神の御手による創造はされなかったらしく、否、むしろ自らを神と称するだけのことはあってだろうか、自由奔放、天真爛漫、天衣無縫に無邪気で躁病気味。
つまりは、彼は見目の麗しさと中身は決して同質のそれではないという、誰もが一度は『もったいない』と考えてしまう存在で。

そして、そんな落ち着きのない美麗な三十代の男が、薔薇十字探偵社社長にして世界でただ一人『職業』でなく『存在が』探偵と自認する榎木津礼二郎その人である。
ちなみに、つい最近刑事を辞職し半ば無理やりこの探偵社に雇用してもらった(今でも時折『そんな覚えはない』といわれるが)僕、益田龍一の直属の上司ということにもなる。

以上の見解は別段特筆しておくべきことではなかったが、常日頃から似たような観察と考察と結論を繰り返しては一人ぼんやりしていることの多い僕には、それこそ一息で身振り手振りも付けながら怒涛の如く語る自信がある、別に自信を持って言えることではないけれど。


「何を呆けているのだマスカマオロカ、中野のアイアイの真似か?どうせならもっと面白いモノマネをしなさい」
「いやだなァ、関口さんの物真似ならまず猫背から入りますよ」

は、と我に返って誤魔化すようにへらりと笑う。僕の専売特許は卑怯と軽薄と軟弱なのだ。

「それで、何がマケマケなんですか」
「マケはマケだ、お前はマケてばかりだな」

マケ、ああ、負け、ということか。
神様の第一声、いや、第二声第三声くらいでは彼の言わんとしている事はまず理解できない。
なんと言っても、主語がなければ過程もないのだ、言葉に。
彼の口からは九分九厘、彼の脳内で構築、構成された(されていれば、という話だが)結論のみが飛び出してくる。

「確かに僕ァ腕っぷしも体力も自信はありませんがね。人と争ってまで勝ちたかないですもん、そんなこたぁ今更言わなくったって榎木津さんもご理解の上でしょうに」
「軟弱でますます女々しいなお前は!僕が言ってるのはそっちの負けじゃない、名前だ」

ぴ、と人差し指が僕の頭の少し上を指す。
この人は当人の視覚野から得た映像記憶…つまりは他人が目にした記憶が視えてしまう、そう云う能力というか、特異体質の持ち主なのだ。
そう云えばつい先日ちょっとした書類上の手続きのために署名する必要があって、自宅で何度か練習をしたっけ。こっそりやったはずの手習いがばれていた事に少々の決まり悪さを覚えた。

「厭ですよゥ、何を視たのか知りませんが僕の名前なんてまともに呼んだこともないくせに……ん?名前が何です」

先ほどからマケマケと繰り返す対象が名前とわかっても、その理由がつかめずに訝るように眉を下げる。

「お前の名前。龍に一。全くの名前負けじゃないか」
「………な、ひっどいなァ、そりゃその通りですけど改まって言わないで下さいよぅ!」

りゅう、に、いち。

余計な一音が挟まってはいたものの、まさしく自分の名前を正しく口にする神に、不覚にも一瞬絶句してしまった。
というのも、彼は人の名を覚える気など皆無に等しく、もし覚えていたとしても勝手に改変してしまうのだ。

曰く、関口巽をセキタツ、関君などと呼ぶのはまだ可愛い。隠花植物だ猿だアイアイだと呼ばれているのを見た時は他人事ではなく不憫に思えた。
幼馴染という木場修太郎は下駄だ豆腐だ箱男だと、あの強面の男に面と向かって言うわ言うわ、好き放題である。
他にもコケシだトリだと呼ばれる下僕仲間、明らかに遊んでいるパターンとしては四万十川だゴンザレスだと呼ばれる図面引きもいる。もちろん僕自身もマスヤマだのマスカマだのカマオロカだのと、だんだん元の名から離れて行ってる感のするあだ名を拝領賜っている。

そんな彼が、たとえ記憶を視たといっても僕自身の本名――しかも、下の名前だということも重要なのだ――をそのよく通る朗々とした声で紡いだというその事実が、僕の中に確かな歓びを植え付けた。
そんな内部の激情を、良くも悪くも軽薄な態度で隠してしまいながら。

「僕がこの名が好いと選んだわけじゃないンで、勝ちも負けもありませんよ」
「何を言うかこのマケバカオロカ。その名はお前の両親がつけたんだろうに、お前は親の期待を裏切って龍どころかトカゲのような生き物に育っているじゃないか。つまりお前は折角名前に人生のレエルを敷いてもらっておきながら堂々と脱線して寄り道袋小路だ、負けているじゃないか」
「そ、そこまで言わなくったって、僕が一番よくわかってますよゥ!」

ちょっとばかり酷過ぎる言われ方にわざとらしく口もとを拳で隠し耐えきれず涙するポオズを取る。
そうすれば探偵様はフン、と鼻で冷たく笑った後再び背もたれに身を沈めた。

「お前、字は綺麗なのにな」

再び頭の上を視られて、軽薄な真似も忘れて眉を寄せる。
どうにも余分なことまで見られてしまいそうで落ち着かない。

「人の陰ながらの努力を視ないでくださいよ、アァ、そういやおじさんの字はどうも癖が強いですもんね、今度僕と一緒に手習いに行きますか、京極堂さんのところにでも」
「愚か者、僕は綺麗な字を見るのは好きだが自分が書きたいとは思ってないから必要なァい!」

堂々と言い放つ姿にケケケ、と笑う。
彼がちまちまと文字を書く姿の似合わないことと言ったら。
見目的には西洋チックに羽ペンで羊皮紙なんかに詩を書き綴っていてもおかしくはないが、平素の破天荒な男がそんな真似をするはずがない。
憮然とした表情の神様は、唇を尖らせて子供のように拗ねてしまった。

「それにね、榎木津さん。僕ァまだまだ若いんですよ、それに神であるあんたの下僕だ。という事は僕はトカゲじゃなくて、鯉じゃあないですか」
「なんだ、俎板の上の鯉だとでもいいたいのか」
「違いますよゥ。登龍門を知りませんか?その滝登り切る鯉は龍となる、とか言うやつです」

応接机に面した椅子から腰をあげ、ニヤニヤと軽薄な調子の笑みを浮かべながら足取り軽く美麗で暴君な神の目の前、机をはさんで正面に立つ。軽く腰を曲げれば少し彼との距離が縮まる。

「僕は神様に仕えてますからね、何としても滝を登って龍になって、天に昇らないといけないでしょう?」

あくまで口調は軽く、けれど屹度眼差しは真剣そのものだったのだろうと思う。
目の前の大きな瞳が、ほんの僅か目を瞠ってその鳶色の瞳がまっすぐ僕を捉えた。

「……うはははは!これはイイ、オロカな下僕も少しはわかってきたようだ!!」

本当に面白がっているのか、照れ隠しに笑ってごまかしているのか、薄っすら赤みの差した耳を見ながら僕はもう一度ケケケ、と笑った。


 


ふと「益田って名前負けしてるなぁ…」と思ってしまったのが発端ですwww
龍でしかも一ですよ。大層な名前ですが本人はいたって普通人。名は体を表してないwwwww

作成中に登龍門を思い出して、軽く捏造したらすげぇ萌えてしまったのです。
天(神)にあこがれて滝を昇る鯉、そして龍になるとそのまま天へと向かい、雲をおこして雨を降らせる…泣き虫マスヤマは竜になっても大規模に泣いてるようだな、と(笑


 

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