[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
この身の裡に渦巻く感情は、
嵐だと、思った。
探偵社の扉を押しあけると、応接ソファに座った和寅が新聞を畳みながら振り返った。
「おや先生、随分と早いお戻りで」
「あの馬鹿はどこだ」
出迎える言葉に返事もせずに無表情に問いかけた僕に、和寅はすぐに僕の機嫌が宜しくないことを察知したらしく軽く眉を上げる。
「今日は朝から張り込みだそうで、一日仕事だからこっちに顔を出さないとかいってましたよ」
余計な詮索もご機嫌取りもしないあたり、長く仕えているだけの事はある。そうか、と短く答えて踵を返し、開け放したままの扉のノブを掴んでもう一度外へ出ようと一歩踏み出し、そのまま数秒固まった後振り返る。
「和寅、あの馬鹿の住所はどこだ」
アァ、疲れた。
夏の陽もすっかり沈んで夜の帳が下りている。浮気調査で一日狸親父の尻を追いかけまわして、正直な所すっかり疲弊していた。
ただし、全てが張り込みの所為ではない。それは昼を大きく回った頃、調査対象が経営する会社の会議の時間は奥方から事前に聞き及んでいる限りでは大分時間がかかるので、その隙に食事を済ましてしまおうと町中をぶらついていた時の事。
たまたまはち合わせた関口と昼食をご一緒することとなり入った蕎麦屋で、何とも驚愕の告白を聞かされて。浮気とは違う気もするが、ずっと押し殺してきた慕情を明かす彼に、柄にもなく感情移入してしまった。
そして別れ際の関口の言葉が、ずっと頭の中でぐるぐると回っている。
『太陽も、気付いているかもしれないよ』
その言葉は他の誰が分からなくても僕だけは分かる。それは僕の押し殺している慕情。
ばれている、気付かれている?確かではない情報でも、不安を煽る材料としては十分すぎる程。
「…明日どういう顔してればいいってんですよ」
呟いた言葉に対する有力な答えは出てこない。淡い期待などない。恐れているのは嘲笑でも蔑みでもない。拒絶と遮断。
切れかけの電灯が明滅している。下宿先の頼りない灯りの中外づくりの階段を上がれば自分の部屋まですぐそこだ。
其処に、その人はいた。
「ぇ、のきづ さん」
驚きと困惑に震えたような声が名前を紡ぐから、顔を上げた。実の所ウトウトとまどろんでいたが、視界に見留めた男の姿でそれは霧散した。
随分と長い間座り込んでいた為に軋む関節をおして立ち上がり、両腕を一度大きく上へあげる。コキン、と肩の骨が音を立てた。
「なにやって、るんですかこんな所で。って云うかいつから此処に」
夢にも思っていなかったのだろう、珍しく表情をつくり損なっている。
「こんな所まできて、探偵様は暇ですねェ、僕なんか今日は朝から夏の日差しに焼かれて、首までヒリヒリしてますよ。あぁ、そうそう。今日の張り込み相手はですね、何とあの大企業の」
「煩いよ、余計な口をきくな」
漸く取り戻しかけたいつもの表層が、上っ滑りする話題を捲し立てるのを遮り切り捨てるように吐き捨てれば、開きかけていた口から声が途絶えて瞳が揺らぎ足許へと落ちた。
前髪が表情を隠して、点滅する電灯が細い体のラインを無遠慮に照らしている。
一歩足を踏み出して、その細い腕へと手を伸ばす。その骨ばった感触を掴むと同時に肩がびくりと揺れて、その怯えた反応に苛立ちは煽られていく。
「太陽なんて、見えなければよかったか」
「…鳥口さんか青木さんに聞いたんですね、厭だなァお喋りなんだから」
低く紡いだ言葉に弾かれた様に顔を上げた愚かな男は、引きつった唇を歪めて無理やりに笑って見せた。
その表情で限界を感じて、何も云わずにその頬を引っ叩いた。
「…ッ……痛ゥ…」
平手ではあったものの其れなりに威力はあったらしく、赤く染まった側の目尻に、じわ、と涙が浮かんだ。
己の手の平にも熱が灯り、指先がビリビリと痺れるような感覚に侵されて、腕を掴んでいた手を離す。殴られた衝撃に脱力したのか、一歩よろめいて壁に背があたるとズルズルとへたり込んでいく。呆然と焦点を失った瞳が闇へ向けられていて、その姿を見ながら暴力的な衝動を抑えるのに精いっぱいだった。
「お前、明日からもう来るな」
身の裡に渦巻く激情は声にも表情にも現れることはなく、随分と冷めた声で響いた。
なんという中途半端なところで。 「冷静さを欠く」終了でございます。
榎さんは元からあんまり冷静じゃないようなゲフンゲフフン!
実はこれ、保存ボタン押してさあ終わり!って所まで一気に書いたのに何をボケたか更新ボタンを押してしまったという。。。末っ子のライフはもう0でした。
記憶を頼りに書き直したら何故か短くなりましたorz
取り敢えず益田君が解雇されました。 これ、ちゃんとハッピーエンドになるのか不安になってきましたww